【第11回フィールドワーク】2022年7月 群馬から横浜港へ、人間によってリメイクされた自然としての<蚕>を探りに出かける

 人新世の時代の<蚕>と<桑>と<人間>の絡まり合いというマルチスピーシーズ人類学的なテーマが、今回のフィールドワークの主題になるはずだったが、<桑>に関しては、数日動き回るだけでは、そのとっかかりにすら達することができなかった。・・・というややネガティブな書き出しで今回は始めざるを得ないが、今回のフィールドワークにおける最大の発見は、生糸の生産のために人間の作り出した<インフラストラクチャー>を介して、蚕の一種が、「自然界にはどこにも存在しないカイコガ(家蚕)」という種となったことである。いまから6000年ほど前の中国で、人間による蚕の「利用」が開始された。その後今日に至るまでに、桑の葉を食べることに専念する1齢から5齢までの間は、眼が退化してしまった<蚕>は、蛹から孵化した後に、今度は食べる必要がないため口がなくなり、羽があっても飛べなくなってしまったのである。蛹が繭に包まれている間に、「殺蛹」した上で、人間はこっそりと、いや堂々と糸を取る。


 <インフラストラクチャー>とは、ここでは、<蚕>を育て、繭から糸を紡ぎ取るために人間が作り出した(人造の)物理的な道具や機械および社会的・経済的なシステムのことである。<インフラストストラクチャー>を介して、上述した「発見」は、とてもよく見ることができる。そのことがよく分かったのが、世界遺産<富岡製糸場と絹産業遺産群>であった。近代化を推し進めるために、明治5年(1872年)に、フランスの技術を導入して、富岡にフィラチュアを建設した日本政府は、工女たちを雇って、製糸業に乗り出した。


 <富岡製糸場>が開かれた後、玄武岩が堆積した場所で、風穴の冷風を利用して蚕種を貯蔵する施設としての<荒船風穴>が開かれている。そこには、カイコガが紙に上に生みつけた<種紙>が保存された。冷風保存することで、孵化を遅らせたり、その時期を調整することで、それまでは年一回であった養蚕を複数回化することが可能になったのである。


 また農家に繭の生産を促すために、近代的な養蚕法「清温育」を広めるための教育が、1884年に、高山長五郎によって、<高山社>で行われるようになった。それより少し前の1871年には、明治天皇の皇后が、蚕室で「長らく途絶えていた」とされる「ご養蚕」を再興している。養蚕の儀は、国民の養蚕の関与への意識を高めたように思われる。このようにして、人造の<インフラストラクチャー>が整えられ、日本は生糸の輸出を次第に増大させていった。昭和4年(1929年)にはそれは、史上最大の年間3万5千トンに達している。

 養蚕をめぐるこうしたトピックは、アナ・チンらが進めている<フェラル・ダイナミクス>というフレームワークにおいて捉え直すことができるのではないか。我々はそういう予測のもと、朝から深夜まで、彼女がその発想に至るまでの重要な軌跡を示した論文を一文一文訳出しながら、検討を加えた。その論文では、「復活する完新世」「増殖する人新世」という概念のもとに、フェラルへ至る道が論じられている。その検討の合間を縫って我々は、安政6年(1859年)の横浜開港により、八王子から横浜へ至る、輸出用の生糸を運ぶ道となった、通称「絹の道」を歩き、絹の道資料館を見学した。



 蛹を殺すことは糸を取るための重要なプロセスであり、そのことは人に「贖罪意識」を生む重要な要因であるということが予想されうる。我々は、そうした<人間>と<蚕>の間の「ふくらみ」の部分を考えるために、養蚕地域で紡がれてきた民間信仰を探ろうとする中で。神奈川県相模原市の蚕霊供養塔や横浜市泉区の蚕御神塔を訪ねてみた。後者の由来を説明する看板には、慶応2年(1866年)3月に霜害のために桑が枯れてしまい蚕を育てることができなくなり、蚕を地中に埋めてしまったことがあって、蚕の慰霊を行った旨が記されている。



 さらに我々は、横浜のシルク博物館を訪ねた。繭から糸がどのように取れるのかを実際に体験することができた。また、ケンネル式繰糸機の展示では、巻き上げられていく糸によって繭の中から蛹の死体が透けて見え、徐々に剥き出しにされていくさまを見ることができた。<蚕>は<人間>によって飼われ、作り変えられ、自然界のどこにも存在しない<蚕>となった。逆に、<人間>は逆にそのことによってでしか、シルクを、シルク織物を手に入れることができなかったのである。


 











エドワード・ポズネット『不自然な自然の恵み』を読む

日時:2024年6月21日(金)20:00~  形式:zoom   エドワード・ポズネット『不自然な自然の恵み 7つの天然素材をめぐる奇妙な冒険』桐谷知未訳、みすず書房(2023年)を読みます。 本を読んだ人であれば、どなたでも参加できます(無料)。 氏名・所属・関心を明記の上、...